のすのゲーム感想ブログ

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発売から25周年の神ゲー『FINAL FANTASY 9』 初見プレイ感想

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ファイナルファンタジーシリーズは10以降は現役世代として遊べていますが、FF9以前の作品は7以外未だ未履修でした。シナリオライターの各務都心さんや、ゲームライターのSIGHさんの強い勧めもあり、2000年に“スクエア”から発売した『FF9』を25年後に初見で遊んでみました。

これまでも「名作」と呼ばれているのに遊べていなかった作品を可能な限り遊んできましたが、やはり現代の洗練されたゲームと比較すると、「評価されるだけの素晴らしさがあるものの、やはり今遊ぶと荒を感じる」「不親切な点が多い」「当時としては斬新な表現だったと思うが……」などと煮え切らない感想のまま終わることが多くありました。

しかし、『FF9』は開始1時間ほどで「勉強のために」といった堅苦しく上から目線の感情は消え去り、まるで少年の頃に触れたファンタジーRPGを遊ぶような気持ちで、物語に没入したままクリアしてしまいました。シンプルに恐ろしい面白さで、25年が経過したゲームでここまで感動させられるとは驚きです。

発売から25年経っても全く色褪せない、現代の名作と比べても“全く遜色ない”と断言できる大名作の感想を書きます。
今回、25年前の作品という事もあり、作品の名場面などを含み盛大にネタバレしています。まだ未プレイの人は、セールで900円ほどのゲームです。是非プレイしてからご覧ください。

※今回、Steam版『FF9』を遊ぶにあたり、ファンメイドMODである「MOGURI MOD」を使用しています。これは背景の高画質処理を行ったり、デュアルショック4への対応などを行うだけではなく、ロード時間の改善など、体験の質までファンが改修を行っているものです。そのため、MOD不使用のバニラ版や、「かなりロード時間が長かった」と語られるPS1の原作版とは大きく体験が異なるもので、首を傾げる内容もあるかと思いますが、「MOD使用版の感想」としてお読みくだされば幸いです。また、もし今から遊ぶ人がいれば、是非早い段階でMODを導入し遊ぶことをおすすめします。ファンコミュニティの熱意や愛を感じる素晴らしいMODでした。

とても分かりやすいストーリーに超豪華なムービー。“四枚組”が成せる力業

でかい街の中に飛行船が着陸、すぐさまからくり時計のように船から楽団が登場。そのまま演劇が始まるというクッソ洒落た出張劇団のありえなさから始まる『FF9』。“ファンタジー”を感じさせ一瞬で心奪われてしまいました。

この作品は原点回帰がテーマだったとのことで、多くの日本国民が目にする『カリオストロの城』『天空の城ラピュタ』などの宮崎駿作品を感じさせる非常にわかりやすいシナリオが展開されます。
明らかに様子のおかしい女王の元から、実は演劇の最中姫を誘拐するつもりだった主人公・ジタン。そこに乗り合わせたのは、姫の側近で頭の固い騎士・スタイナー。しかし実は、姫も国を出る思惑があり……? と、シリーズもののファンタジー作品にありがちな固有名詞が登場することも無く、誰もがすんなりと理解できるストーリーなのです。

しかし、ここまでで既に、当時日本最高峰のRPGを争っていたスクウェアのプライドを感じさせる演出がてんこもりでお出しされています。
部屋の小物までをはっきりと彩るドット絵(※追記←すみませんテクスチャでした)に、操作キャラをものの数分で次々と変えながら進む群像劇のようなスタイル。そして、当時の最新技術であろうことが伝わる美しいムービー。それらが惜しげもなく次々と挿入されるのです。

これが初代プレイステーションで出来たのかという驚きもありましたが、それ以上にそれを成し遂げたのが「CD四枚組」という超パワープレイなのもイカれているとしか表現できない凄みを感じさせます。

「生きる」ということはなんなのか。仲間の心境で語るストーリー

子どもや、物語に慣れていない人でも把握できるわかりやすさを重視しているように思えるストーリーの大枠ですが、仲間についてはユニークかつ非常に重いテーマが展開され、すぐに驚かされることになりました。

特に、誘拐のゴタゴタに巻き込まれた子ども「ビビ」と戦争の道具として生み出された「黒魔術師兵」の姿形がまるで同じなのは衝撃的な展開です。しかもすぐに、「この黒魔術師兵たちは短命で役割を終えたら死ぬ運命にある」と語られます。
ビビは顔こそ隠していますが、気弱な子どもそのままの性格で描かれているのもあり、この展開はかなりショックですし、「可哀そう」という感情すらも芽生えました。

しかも道中、黒魔術師の町では「死ぬとは何なのか」を教えるようなイベントもあります。まだ死を理解していないプレイヤーのキッズに「死ぬというのは、一生動かなくなるだけではない」と、死の不可逆性だけではなく、周囲の苦しさすらも描写する徹底ぶりです

しかし、一見主役っぽい「姫と勇者と騎士」を超え、この物語の主軸を担っているのは、間違いなく「(死を軸にした)“生きる”こと」について語るビビでした。
生まれや境遇、周囲の期待などを超え「どう生きるか」を決めるのは自分自身や、愛する人を思う心である。そんな現代ではよくある語りでも、軸をしっかりと序盤で固めているからこその終盤の感動があったと感じます。

正直このゲームに何度も泣かされてしまったのですが、特にビビの最期をジタンたちへのメッセージとして描写するのは本当に美しい手法であり、エンディングでした。プレイヤーが「まだ生きているのか良かったな」と思ってから、「ああ、これはビビの最期の言葉なんだな」と察してしまうまでのタイムラグは、とてつもない表現方法だったと感じます。

このように、ストーリーを口で説明せず仲間キャラクターの心境で語るシーンが多いゲームです。一見わかりやすいストーリーを展開しているように見えて、かなりプレイヤーの読解力を信じているのが、このゲームで一番好きなところかもしれません。

また、ほかの仲間もビビほどの厚さはないものの、行方不明の夫を追いつつも自国を案じる竜騎士といった魅力あふれるキャラクターばかりで、特に「負けヒロイン」大好きな自分にぶっささりだったのはエーコでした。

自分は負けヒロイン大好きとか言っといて、負け方に納得感が無かったり、ないがしろにされるとキレる面倒くささを内包しているのですが、FF9エーコは、ダガーほど優遇できないからなのか、アニメーションに繊細な表現が見て取れるため、制作側の愛を大いに感じ満足感が高かったです。特に、“アレクサンドリア城がアレクサンダー城だった”の最高すぎるシーンでも、お姫様抱っこで救出されるダガーに次いで脱出するエーコが、嫉妬しつつも、「今回は許したるわ」みたいな顔でむくれる描写はエグいです。かわいすぎるだろ。

エーコは境遇的に恋愛をしたことがないため、憧れから生じる「おませ」キャラとしては幼さを感じさせますが、大人に近い達観した感情も持ち合わせているユニークなキャラクターだったと思います。

でもやっぱりスタイナーが最高!

本当に自分でも予想できなかったのですが、結局スタイナーが最高に好きでした。

序盤こそ、命令に忠実な堅物として描かれるスタイナーですが、徐々にそれだけのキャラクターではないことが明かされて行きます。
とても印象的だったのは、「ビビ殿はビビ殿であって 彼らは彼ら、ではありませんか?」というセリフです。現代ではよくあるセリフではありますが、これをルフィみたいなキャラではなく、堅物の大人として徹底的に描かれてきたキャラクターが突如、それも当たり前の事だろといった雰囲気で言い放つのが衝撃的で、これまでずっと敵対していたジタンも「オッサン良い事いうな!」と褒めるのも爽快です。

スタイナーがジタンと相反する行動をするのは女王に命じられているからであって「何も考えていない」からではないという機微は、子どもの頃にやっていたら全く分からなかったのではないかと思います。そういう意味でも、大人になった今遊べてよかったゲームと言えるかもしれません。
このあたりの大人の描き方は、最近だと『ブルーアーカイブ』のFOX小隊(カルバノグの兎2章)でも描かれています。“主人公が義を持って助けたいと願う事を妨げる存在もまた、別の義によって動いているのではないか”という内容を25年前にも、かつストレートに描写していて驚きました。
「上司に命令されたんだからそりゃ大人ならそうするでしょ」と陳腐化して語るのは簡単ですが、女王(ダガーの母親)がクジャによって多少なりともおかしくされていたというバックストーリーが判明した後に見返すと、おそらくスタイナーと女王は長い付き合いですし、また違って見えるのではないかと思います。まあ、ダガーの母親だというのもありますしね……。

そんなスタイナーが「見得」を切るシーンは多岐にわたります。ベアトリクスの背中を見て、あれほど嫌っていたジタンにダガーを託すシーンも大好きですが、

ラスボス撃破後、「これで役は終わりだ」とジタンとダガーが言葉を交わすシーン(ここ、ダガーが最後だけ素の口調に戻るのも大好きです!)で、スタイナーが何も言わず背を向け、騎士として最後まで“二人”を守る。ここが本当に大好きです! このシーンだけでこのゲームを遊んでよかったと心から思いました。
あれだけ口うるさくジタンに反論していた彼が、黙ってくるりと反転するだけで人は号泣できるのです。

キャラクターがプレイヤーの手を離れる嬉しさ

クリア後にいろいろな方と感想を共有し、やはり皆さん好きなシーンだと挙げる『独りじゃない』のシーン。主人公が満身創痍になったときに、仲間が助けてくれるという展開はあれど、これは25年以上ずっと最高峰であり続けたシーンなんだなと思いました。
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今までずっとジタン目線としてプレイヤーが救ってきた仲間たち。その仲間が助けてくれるというのもまた必然でありつつも、ビビよりも圧倒的に呪われた生まれを持つとわかり絶望するジタンに、
「ジタンがわたしたちを見ていたように わたしたちもジタンのことを見ていた!!」とダガーが叫ぶのは本当にハッとさせられました。

このセリフは、これまで語られてきた「どう生まれるかではなく、どう生きるか」というものを補強しています。ジタン≒プレイヤーがこれまでやってきたことが肯定される瞬間であり、『独りじゃない』という曲名は、ジタンが孤独ではないという意味だけではなく、独りよがりではないと裏付けるダガーのセリフにもかかっているものなのではないかと思いました。

まるでNPCが本当に感情を持って語り掛けてきたような感動があるこのシーンが人気なのは心から納得できますね。

本当に、面白かったとしか言いようが無い作品でした

途中ここ掘れチョコボに10時間近く吸われたりもしましたが、20時間~25時間ほどのボリュームでここまで楽しく面白いRPGはなかなか無いというか、昨今の名作に引けを取らない面白さだと心から思います。
それにはもちろん、ロード短縮やバグ修正などが行われているMOD環境下での快適さもありますが、ファンが自分のような後からプレイする人のために頑張りたくなるような、ここまでさせる作品なんだなという納得感がありました。

日ごろ自分はこういったブログを読んだことで体験が損なわれてしまうような文章は書かないように努めていますが、25年前のゲーム、しかもFFシリーズということで、たまには偉大な傑作に甘えてもいいだろうと好きな事を好きなままに書いてしまいました。

結局好きなシーン語りとなってしまい、25年間で何度も何度も語られているような、なんとも無意味な感想になってしまったような気がします。しかし、振り返り中も何度も泣いてしまうような、心の底から好きな作品にまた一つ出会えて、そしてこうやって語れてとても幸せな時間を過ごしてしまいました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。また、25年たってもFF9が面白いと言い続けてくれた皆さんにも感謝を伝えたいと思います。