ポエム 僕と初めてのパチスロ

パチスロは憧れであった

大好きなメダルゲームコーナーでいつも大量のメダルを吐き出していた。

ホォ~アタッ!アタッ!ホワッタァ!玉が重ならないように5つ並べるゲームを揺らしてコソコソと稼いでいる間にパチスロ台はどんどんと払い出されていく。瞬く間に千枚超えだ。

志村けんやマリオのジャックポットでも最高200枚。1000枚もあったらずっと遊んでいられる自信があった。

ただしパチスロは100円15クレジットの当時そんな気軽に遊べるゲームではなかった。祖母からもらった300円の小遣いでは3分で溶ける。指をくわえて見ているしか出来なかった。

 

そんな記憶を持ったまま自分はバイト先の仲が良かった先輩からパチスロに誘われた。このなけなしの給料6万を倍にするんじゃ!と息巻く先輩は、自転車の後ろに僕を乗せて近所の寂れたパチ屋に向かう。足取りは軽く、カゴに入れたガラケーから着うたでRADを流し、鼻歌を歌っている。

店に入る。店員と目が会いお互いパチスロの話で意気投合しているあたり、恐らくこの店の常連なのであろう。「この台がいつも俺が座っとる台じゃ!昨日は1万吸い込んだからな、今日は返してもらわんと」と誰もいない店内でピエロが書いてある1台を選び、1000円札を貸し機に突っ込む。

その手馴れた手つきを見て僕はかっこいいと思った。憧れであった知らない世界を教えてくれる先生に僕は続いた。1000円を入れて、3枚メダルを入れる。先輩のようにダラララララと連続挿入しようとして床にメダルをぶちまけたりしながら、テッテケテッテッテと軽快な音でリールが回り始める。ぶどうが揃って4枚増えた。嬉しい。サイが揃うともう一度遊べるのか。

全てが新鮮で楽しく、集中している横で先輩が台下のピエロの絵を殴り始める。そうすると当たりやすいらしい。僕も真似する。

ドカドカと台を殴る音を響かせているうちに、先輩の台がけたたましいファンファーレと共に光り出す。すごい音だ。先輩がまた台を殴る。「バケはいらんっちゃ」笑顔で怒っている。

全てが新鮮で楽しかった。流石に3000円ほど使うあたりであまりにもお金の無くなるスピードが早いことに気づいて少しづつ遊ぶようにした。

先輩は隣の台にもメダルを入れ、両手で打ち始めた。先輩は好調のようで箱がメダルでいっぱいになっていた。

「ノスちゃん!こっちすわらいん!入ったからやるわ!」ボーナスの告知ランプが光っている台を僕にくれた。先輩が7を揃えてくれて、どんどんメダルが吐き出される。爆音で流れる下品な曲に晒されていると、えも知れぬ未知の多幸感があった。

「負け分取り返すくらいにはなったやろ。今日は帰るか」と、仲の良い店員さん(といっても店にはこの人しかいない)を呼び、メダルをレシートに替えてもらう。そのレシートが謎の文鎮になり、最終的に5000円札になった。

先輩は2万円ほど勝ったようだ。

僕と先輩はバイト先のコンビニに戻り、レジで自慢する。超楽しかったッスと言う僕を見て、別の先輩が「悪い遊び教わったなあ」と苦笑いしていた。

 

その先輩と同じシフトに入る日は、ほぼ必ずパチスロを打った。買ったり負けたり、ジヤグラーしか打たなかったので6000円ほど負けたらしょんぼりと撤退していたし、1000円でも2000円でも浮いたらラッキーと換金して、余り玉のお菓子を妹に上げていた。

 

ある日先輩の機嫌がかなり悪く、自分が凄く(と言っても500枚くらいだったが)出てしまった日があった。先輩は粘ると言って辞めようとしないので、箱を持って店内をウロウロしていた。そこでひとつの台を見つける。


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南国育ちR2という台で、少し前にとても人気のあった台のリメイク機だ。

オシャレな怪しさに魅了され、台に座り遊び始める。すぐにキュイン!と大きく軽快な音と共に筐体上部のパトランプが光る。店員さんに7を揃えてもらうと、かっこいいサウンドが店内に響いた。すぐさま先輩がやってくる(客は僕ら2人だけなので)。「あちゃーノスちゃん、光り物に手を出したか」と先輩が苦笑する。

その時は意味がわからなかったが(というか、ジャグラーも光り物じゃん)、実はこの台は先程まで打っていた糞ピエロと比較すると、とんでもなく荒く、基本的に初期投資が必要な台であった。そんなことは知る由もない自分はビギナーズラックで勝ち取ったボーナスを消化する。ピエロは15枚なのに、この台は9枚しかもらえない。ピエロの方がいいなと考えていると、左にある蝶々のランプがシャララララ~と音を立てて飛翔した。後ろでは先輩が自分の事のように喜んでいる。

台の指示通りに打っていると、スピードは遅いがどんどんメダルが増えていく。連チャン継続か否かを左右する蝶々が飛ぶ度に、ピエロとは違う多幸感があった。

 

先輩は頑張ってな!と言い残して先に帰った。軍資金が尽きたようだ。

結局2000枚ほどでてしまい、バイト代1ヶ月分を数時間で稼いでしまった。とても嬉しかったが、(もちろんそのお金は数日で蝶々の養分になるのだが)その日、初めて先輩と別々にパチ屋を出た事に気づいた。

 

それ以来、ピエロに興味が無くなった自分は南国育ちやパチンコの牙狼に夢中となり、先輩とパチ屋に行くこと自体が減った。といっても疎遠になったわけではなく、麻雀やカラオケに良く誘ってくれてとても楽しく大好きな先輩だった事は変わらない。

今考えると素行が良いとは言えないが、後輩に優しい田舎のヤンキーの後輩というのは、なかなか楽しいものであると知っている自分に若干の優越感を感じている。

 

3年後、先輩はトビ職見習として頑張っていたが、仕事中に労災で亡くなったらしいということを人づてに聞いて驚いた。働いていたコンビニは震災の津波で無くなっていて確かめようが無かったし、学校の友人への話題に出すような話ではなかったので、1人でよくわからない感情を噛み締めていた。その日は先輩の好きだったローソンのピザまんを食べた。

 

今月、南国育ちの新作が出た。最近パチスロも疎遠になっていたけど、これだけは打ちたくて一時間かけて導入店にいった。昔ほどの面白さ新鮮さは無かったけど、蝶が飛んだ嬉しさはあの時とおなじで、先輩のことを思い出した。

先輩のせいで覚えた悪い遊びで、悪い友達が増えましたよ。あの時はありがとうございました。

帰りにピザまんを買って帰ってきた。